蟹3

感想と怪文書

漫画『ひとりでしにたい』


漫画アプリで無料だったので何となく読んだ。非常に鋭かった。

主人公は山口鳴海35歳。某所美術館の学芸員、未婚彼氏なし、男性アイドルオタク、無自覚な無神経、無知、声がデカい、実家は太め、結婚願望なし、数年前にマンションを購入し猫と二人暮らし、ダメだしを受け止める素直な一面も。
幼い頃憧れていたバリキャリ伯母が定年後疎遠なうちに風呂場でドロドロの液体になって孤独死するという事件をきっかけに、自身の人生を直視するようになり、いわゆる終活、どう死ぬかを考えていく。
終活といっても自分が死ぬことだけではなく、親の熟年離婚、介護、葬式、結婚、資産運用、保険、老後、その他諸々、「死ぬまでにどう生きるか」といういわばライフステージ全般がテーマ。どう死ぬかを考えることはどう生きるかを考えることでもある。しにたいという不穏なタイトルではあるが、それは「良く生きて良く死ぬ」という死に様のことである。
そこで登場するのが職場の後輩、那須田優弥君24歳。官庁から美術館に出向中公務員、独身彼女なし、一人暮らし、一流大卒、清潔、物知り、現代のドライな若者、モラハラ正論パンチ、孤独死に並々ならぬ関心あり、生い立ちに何らかの闇を抱える、山口さんが(いろいろな意味で)気になる。

伯母の死から色々と考え始める山口さんは元々結婚願望がなかったにもかかわらず、婚活で男をゲットという安易な発想に走る。デカい声で喋っていたので全て聞こえていたナスダ君がいきなり現れ、バチクソ論破されてしまう。それ以降、いちいち正論で殴ってくるナスダ君にムカつきつつ、持ち前の素直さでそれらを吸収し助けられながら、今まで考えもしなかった現実問題に立ち向かっていく。
厚生労働省日本年金機構のPR漫画かと思うほど社会的なテーマが扱われているが、山口さんの変顔とキレのあるギャグ(本人は真面目)によりコミカルで面白く読める。と同時に、読者である自分も他人事ではない現実の諸問題が解像度高く描かれており、よくある「漠然とした不安」とは正反対の「具体的な不安」が重くのしかかってくる。読む際は心の状態に注意してほしい。

ナスダ君がわざわざ一回り年上の自己中で声がデカいドルオタ中年女性に絡みに行く理由は、読者目線では明らかに淡い恋愛感情なのだが、そういうのにドライなナスダ君は半ば自覚しつつも複雑な心境。闇の生い立ちゆえ適切なコミュニケーション方法を知らずモラハラをしてしまうので、山口さんには一切伝わっていないどころか普通にドン引きされる。
一方山口さんは、表情がコロコロ変わり推し活で毎日楽しそうにしていたりなんだかんだ素直だったり、ナスダ君が気になるのもまあわからんでもない魅力のある人に見える。見た目も悪くなさそうだがそれは漫画だからか。にもかかわらず親から(結婚的な意味で)オワコン扱いされる程度には欠点も多い。保険会社勤務の元カレに保険の見直しを相談しに行き、かつて自分が舐め腐っていたことへのカウンターを手痛く食らうエピソードが面白かった。
そんな凸凹な二人が生き辛い人生を考えるにあたって、安易に男女でくっついて助け合いパートナー、という結論にならないのが良い。かといって結婚そのものを否定しているわけでもない。日本では家族という絆がシステム上非常に有利なのも事実ではあるのだ。
連載最新話では絶縁秒読みの論破バトル(?)が繰り広げられているが、二人の今後やいかに。

自分の人生をどうするかという課題で婚活に走る主人公の姿が少し前の自分に重なり、嫌な汗が出た。俺も結婚が向いている人間ではないし、将来孤独死の可能性が高いのは間違いない。ひとりでしぬために様々な困難は避けられず、早いうちから自分で考えて準備しなければいけない。身につまされた。
30代半ばまでヘラヘラしていて何も準備していない辺りは山口さんが重なるが、ナスダ君は生活に楽しみがなく、他人との付き合いを持たない(持てない)ところが自分に近い。二人の良くないところを併せ持った悍ましいモンスターが俺だ。最悪。
なんで面白い漫画読んでこんな気分にならなきゃいけないんだよクソ。