蟹3

感想と怪文書

脳を刺激する『巴里マカロンの謎』

巴里マカロンの謎 (創元推理文庫)

巴里マカロンの謎 (創元推理文庫)

米澤穂信『巴里マカロンの謎』を読んだ。
小市民シリーズ待望の(待ちすぎてその存在すら忘れかけていた)新刊である。本作の発売に先立って1月中に春季~秋季限定の4冊を再読してある。
本を読むという負荷にお脳が耐えられなくなって久しいが、それでも最も愛する作家の著作なら意外なほど苦もなく読めてしまうという事実に感動した。2020年1月の読書数は計7冊(全て好きな作家の作品、うち5冊が再読)であり、これは去年一年間の冊数に匹敵する。やればできるじゃないか。
正直ちゃんと理解しながら読めたかどうか怪しいが、明らかに頭の中で電流だか神経伝達物質だかが普段とは違う動きをしているのが分かった。たとえ知識や感性といったものが得られなくとも「読書」という行為自体に、なにかこう脳細胞を刺激するような、凝り固まったアキレス腱を伸ばすような、そういう働きがあるような気がした。昔、読書をすれば成績は伸びるのかとよく聞かれてそのたびわからないと答えていたが、今ならわかる。学業成績のためと言うなら、内容理解も学びもどうでもいいから読書はしたほうが良い。もちろん何か得るものがあるならば尚良い。

春季夏季秋季ときて次は当然冬季でフィナーレと思っていたらそうではなく短編集だった。時期は1年生の冬から2年生の春ごろ、春季と夏季の間(ややこしい)らしい。小鳩君と小佐内さんは自らの「悪癖」を封じ込めるべく小市民たらんと事あるごとに誓っているが、なんだかんだ言って割と好き放題やってるじゃねえかと思った。執筆されたのが後だからメタ的にしょうがないのかもしれないが、短い間にこれだけ知恵働きをしておきながら「夏季限定」でようやく小市民の錦が揺らいでいるのは、ちょっと気付くのが遅いんじゃないですかねお二人さん。そんなところも可愛いよ。

実は15年前に初めて読んだ米澤穂信作品が、小市民シリーズ第一作『春季限定いちごタルト事件』だった。物持ちが良いので先月読んだのはまさにそのとき買ったものだ。背表紙は色あせて所々破れかけている。それは物持ちが良くないのでは?
そういうわけなので、よねぽの代表作といえば名実ともに古典部シリーズであろうが、個人的には小市民のほうが印象深い。折しも中学3年生であり、自分で言うが成績も良く、今の姿からは想像もつかないが友達にも恵まれ、おそらく人生史上最も思春期の万能感に酔いしれていたであろう時期にこれを読んだ俺は、どんなことを思ったのか。その後何度も読み返したので小鳩君たちと同い年の時点でももちろん読んだはずだ。もう何も覚えていない。たぶん「小市民、ええやん」とかだと思う。15年後のお前は小市民らしきものにすら成れていないぞ。
15年経っても小鳩君と小佐内さんの小市民への挑戦はいまだ道半ばである。おそらく完結編と思われる「冬季」が世に出る目途は立っていない。あの時確かに同じ時間にいたはずなのに、俺だけがどこかわけのわからない遠い所へ来てしまった。
せめて彼らの旅路に幸多からんことを。