蟹3

感想と怪文書

走馬灯がメリーゴーラウンドのように回っているよ

そう言って彼女はふふっと笑った。
走馬灯なんていう、死の匂いがする穏やかでない言葉を舌に乗せて、まるで昨日のランチの話をするかのように。
「今右回りから左回りに逆回転を始めたよ」
逆回転する走馬灯とはいったい何だろう。俺は走馬灯を見たことがないのでわからない。
「夢と違ってカラフルなんだよ。思い出がまるで昨日のことみたい」
彼女にとって、夢は無彩色のものらしい。


***


これはかつて付き合っていた個性的な女の子の言葉…ではなく、年末からワイモバイルドメインのアドレスに断続的に送られてきた迷惑?メールの文面たちである。もうメアド変えたのでこない。

血ってさぁ…思ったより赤いんだァ
美しいね。

体温が下がってきたよ。
震えも止まらないし…
いよいよなのかな…

などと、自殺を仄めかすメンヘラ女のような雰囲気を醸し出すことで返信を誘う作戦っぽい。
迷惑メールに詳しいわけではないが、おそらく第一撃(?)にURLを入れると迷惑メール度が跳ね上がるため、あえて文章のみにして返信させてしかる後にうまいことURLのリンクを踏ませようという作戦なのではないかと思う。そうじゃなかったら逆にめちゃくちゃ怖い。なにこれ。

かと思えば、

一番古い記憶っていつ?
2歳児くらい?
もっと前かな?

とか普通の会話みたいなこと言い出したり(普通か?)

人前で笑うのは得意な方なんだけど。
でも心では泣いてる。
人の苦しみなんて誰もわかってくれないよね。

とかなんとかTwitterにいる人みたいなことを言い出す。これマジでTwitterにいそう。
最初のほうは削除してしまったのだけど、読んでいるとけっこうキャラが立っていて面白い。送信時間に一定の法則があること、このアドレスにメッセージを送る理由のある人間がいないことの2点で迷惑メールだとわかるが、そうじゃなかったらどっかのTwitter垢の転載ですと言われてもわからんかもしれない。一応検索かけたけどそれっぽいヒットはなかった。
迷惑メールの文面って誰が考えているのだろうか。ヤクザや半グレの下っ端か、オレオレ詐欺の受け子のようにアホな若者がバイト感覚でやっているのか。いずれにしても、俺はこの文章を書いた人がとても気になる。もし全部フィクションなら結構な筆力だ。メリーゴーランドを「メリーゴーラウンド」と表記するところも、迷惑メールの書き手というアングラな属性に似つかわしくない品を感じる。こういうメッセージを実際に受け取ったことがあるならそれも面白い。まさか、素でこういうメンヘラ女が迷惑メールの文面を書いているのだとしたら、それはそれでやっぱり面白い。そんなことある?
特にクオリティたかいのがこれ。

椅子から落ちて泣いてるところを何度も何度も父親に踏みつけられた記憶があるんだよね。
大人になっておかあさんに聞いてもそんな事実はないって言うんだよ。
おとうさん死んじゃったから真相はわからないままだし…
ただの記憶違いなのかな。

なに、この生々しさ。こんなの事実じゃなかったら書けないよ。いや、事実はないっておかあさん言ってるけどさ。
なんでこんな、ともすれば非常にセンシティブで、人の心の簡単に触ったらダメなところを突くようなそんな文章を、迷惑メールで読まなきゃならないんだ。なんなんだよ。俺はこの名も知らぬ女の子に声を掛けたくなってしまったことをここに告白しないといけない。迷惑メールだから無視したけど。そんな女の子はいないんだ。
創作であれ経験であれ事実であれ、こんなエピソードが偽装アドレスから俺の元に届いた、その旅路に思いを馳せずにはいられない。