蟹3

感想と怪文書

物がつなぐ縁-漫画『もののがたり』

『もののがたり』という漫画がジャンプ+に一部無料掲載されてて面白かったので、kindleでまとめ買いした。漫画一気買いは今月2度目。*1引き落としが怖い。

「稀人(まれびと)」なる常世異世界)の存在が「物」にとり憑いて現世に顕現した「付喪神」と、付喪神との対話、封印、討伐を任務とする人間の組織「塞眼(さえのめ)」の人々が戦ったり交流したりするお話。
こういう、人ならざる存在とそれに対抗する組織という構図は今や漫画界ではありふれたもので、ジャンプでいえば『鬼滅の刃』『呪術廻戦』『チェンソーマン』などの主力作も広い意味で似た設定と言える。

主人公は塞眼の筆頭一族次期当主というこれもありがちなポジションで、戦闘能力は1話時点で豊富な実戦経験と討伐実績を持つレベル100の状態*2である。(後々レベル150みたいな連中が出てくるが)最初から強いのであまりバトルのインフレを感じないのが良いね。
彼は幼いころに兄姉をある付喪神に殺されておりその憎しみから「付喪神は全て即滅」という強硬姿勢で界隈に悪名(?)を轟かす。そのタカ派思想を矯正するため、とある屋敷に1年間ホームステイすることを現当主のおじいちゃんから命じられる。
その家の主である少女が本作のヒロイン。6人一組の付喪神「婚礼調度」と家族として共に暮らしており、そこは人と付喪神が共生する場所だった。付喪神なんぞどいつもこいつも邪悪で危険だと主張する(実際人間に友好的な付喪神は少数派っぽいが)主人公が彼らと衝突しつつも理解を深め、精神的に成長していく様子が物語の軸のひとつ。

また、付喪神「婚礼調度」はその名の通り結婚のための道具たちなので、その本能にも似た深いところで「主の結婚」の成功を強く望んでいる。ということはつまり、1年もホームステイする主人公の男は結婚相手候補としてジャッジされる立場でもあり、彼らの縁結びの行方もまた大きな見どころ。
俺は「男と女が出会えばやることはひとつっしょ」みたいなノリでさも当然のようにぶち込まれる恋愛要素が苦手なんだが(陰キャだから)、要所要所で男の俺からみてもそりゃ惚れるわというカッコいいことを主人公が自然体で言ったりやったりするので、この漫画はヒロインが主人公に惹かれる納得感があった。当初は憎悪と復讐に囚われていた主人公が「異形から人を守る」という塞眼の本分に立ち返っていく成長もそこに繋がっている。この「縁結び」が実は物語の根幹に関わる重大な要素でもあり、自然と本筋に組み込まれてくるので蛇足感がなくて受け入れやすかった。

とはいえ基本的にはバトル漫画であり、敵対する付喪神や塞眼内部の様々な思惑を持って動く連中との異能バトルが最も盛り上がる場面。
付喪神は素の身体能力が高いうえに器である道具の特性を反映した固有能力があり、例えば刀の付喪神は手を刀に変化させ地面から刃を生やし、羽織の付喪神は布を触手のように伸ばして操る。一方人間の塞眼たちは様々な効果を持つ呪符や祭具で付喪神を封印、破壊することができ、派閥や家系によっても技の形式が異なるらしく、多彩でダイナミックな戦闘を繰り広げる。『ハンターハンター』や『ワールドトリガー』みたいな理詰めの頭脳戦っていう感じではないが、画力が高いので読み応えがある。付喪神は人間ではないので真っ二つになったり手足が吹っ飛ぶみたいな派手な描写もしやすい設定といえる。

付喪神も塞眼もそこそこたくさん出てくるがみんなキャラが立っているし、絵もうまいし、魅せページの演出やストーリーの構成もしっかりしていて、全般にレベルの高い漫画だと思う。敢えて欠点を挙げればパンチの効いた個性がやや足りない気がするが、個人的にはこういうバランスの良い漫画大好き。「牙突」とか「卍解」とか「領域展開」みたいなわかりやすく真似しやすい必殺技がないのも売上とか知名度的にはマイナス点になるのかも。「岐式開門術 神髄『生太刀・五百引』」って、厨二病がある程度進行してたらぶっ刺さるけど、一般受けはしないんじゃないかなあ。
そんな『もののがたり』既刊11巻、集英社ウルトラジャンプで連載中。今ならジャンプ+で3巻まで無料で読めるよ。




さてここからは余計などうでもいい話なんですけど、先日『鬼滅の刃』がついに完結しましたよね。最終回は賛否両論を呼び、俺もあまり好きじゃないなと思いましたが、最終回が気に食わない程度ではその面白さは全く揺るがない素晴らしい漫画でした。
ただ、圧倒的な売上を叩き出す漫画界の頂点に相応しい作品かというと、そこまでかなあというのが正直なところ。他より劣るという意味ではなくて、トップクラスに面白いのは確かですが「ぶっちぎり単独トップ」かというと、そうでもないよねと思うんですよね。面白さって個人の主観も入るし定量的に比べられるようなものではないとはいえ、なるべく公正に評価してみても鬼滅と肩を並べうる素晴らしい作品は決してゼロではないだろう、と言いたい。何なら『もののがたり』も俺の中では鬼滅とほとんど同格ですよ。
別に鬼滅を貶めたいわけでも人気が不当だと言いたいわけでもないですが、だったらあの作品やこの作品も数千万部売れたっていいじゃないか、みたいなもの寂しい気持ちがあるわけです。というのはまあ感情の問題で、売れる売れないの話だけを見たらマックのハンバーガーがこの世で一番おいしいことになってしまうし、売上の多寡で比べるのはナンセンスだと頭ではわかっているんですけども。
売れ筋や流行りに惑わされず自分にとっての「面白い作品」に出会える縁を大切にしたいですね。

*1:1度目は裏サンデーで連載中の『血と灰の女王』。若干グロいけどこれも面白い

*2:個人的にはこれをエドワード・エルリック系主人公と呼んでる