蟹3

感想と怪文書

映画『THE GUILTY』- 電話回線越しの罪

映画『THE GUILTY』観た。第91回アカデミー賞外国語映画賞デンマーク代表作品。
主人公は一人の警察官。112番(日本の110番)通報の受付センターでオペレーターをしている。冒頭の数分から、この男が仕事にあまり熱意がないような印象を受ける。通報オペレーターがみんなそういう雰囲気なのかと思ったが、この男がなにやら特別な事情を抱えているようだ。
同僚たちとの会話から、オペレーターは本日限りであること、明日裁判を控えていること、裁判が終われば元の仕事(刑事?)に戻れること、などがわかってくる。どうやら彼はなにか不祥事(裁判をするほどだが、裁判では無罪になる見込み)をやらかして一時的にここに配属されているらしい。なるほど、やる気があまり感じられないのはそういう理由。

今夜の勤務もあと少し、という時分、男の端末に通報が入る。初めは全く要領を得ない女性。噛み合わない会話。いたずらかと思い切ろうとするが、ふと不穏な気配を感じる。「そこに誰かいるのですか?」
これはあれだ、昔ニュースか何かで見た、犯人と一緒にいる被害者が警察に電話していると悟られないように助けを求めているやつだ。
やる気がなさそうに見えた男だったが、警官としては有能なようだ。状況を察し、犯人に伝わらないよう女性から話を聞き出そうとする。どうやら誘拐されており、移動する車中であることはわかったが、女性は動揺しており、横の犯人も怪しみ始める。十分な情報を得られないまま通話は終わる。
これが警察の通報システムの標準なのかデンマーク警察の特製なのかわからないが、携帯番号から住所氏名所有する車のナンバーなどの個人情報まで即座に把握できるらしい。
管轄の警察にわかる限りの情報を伝えそこでオペレーターとしての仕事は終わったかに見えたが、男は独自に通報者の自宅へ電話をかける。出てきたのは不安におびえる6歳の女の子だった。男は女の子を勇気づけ、わかる範囲で状況を聞き出し、そして約束をする。「必ずママを連れて帰る」

という感じで、およそ1時間半の上映時間全てが、男の勤務するオペレーションルーム内で完結する。通話がつながる先は被害者、犯人、被害者の自宅、犯人の自宅(に向かった刑事)、などだがそれらの電話口でごそごそやっている音と声だけで、我々は状況を想像しなければならない。部屋の外の出来事が電話を通してしかわからないという不安と緊張感が、男と視聴者でリンクする。ここで簡単に書いてしまった(書くな)あらすじも、初見だと全くわからない状態で会話から類推するしかなく、なんとなく電話オペレーターに近い。気がする。
このまま安楽椅子探偵よろしく電話だけで事件を解決に導ければよかったのだが、残念ながらそうはいかない。
先述したように主人公は刑事としては優秀なのだと思われる。女の子との約束が何かに火をつけてしまったのか暴走気味ではあるが、状況察知力、問題把握力、洞察力、行動力などが備わっているように見える。規範を無視しがちであとから始末書をいっぱい書かされるが、なんだかんだ結果は残すタイプ。元上司や元相棒から復帰を望まれているらしいことからもそれは伺える。
ところが本件では男のやることなすこと全てが裏目に出る。おとなしく電話オペレーターの職務の範疇に留まっていればよかったものを、正義感で色々口出し(電話なので口しか出せない)した結果、とんでもない事態に陥る。不甲斐なさか自身への怒りか、電話機やらランプやらをぶん投げる男。(また始末書だ)
このように激情を抑えられない面も持ち合わせており、それが冒頭の不祥事に繋がったと思われる。妻がいるらしく同僚たちは「パトリシアによろしく」と口々に言うが、不祥事の件で出ていったことを同僚には言えていない。なぜ男のパーソナリティについて詳しく書くのかというと、この映画は誘拐事件の物語ではなく、男の内面に踏み込んだ人間性のドラマであることが徐々にわかってくるからだ。
タイトルは『THE GUILTY』、つまり「罪」。男は何の罪を犯したのか、電話口の向こうではどんな罪が犯されたのか。それぞれの罪が交錯し最後に繋がる通話で、男はどんな心境で、どんな告白をするのか。1時間半を共に過ごした者として聞いてほしい。

マジで劇中一度も部屋から出ない。こういう映画大好き。『月に囚われた男』『12人の怒れる男たち』『CUBE』とか。最近観た『トランス・ワールド』『グッド・ネイバー』も概ね同じ場所という意味では近いか。『SAW』はあんまり好きくない。
こんなの映画でやる必要ないラジオでいい、などという馬鹿げた低評価レビューもあったが、ならラジオでも聞いてろと言いたい。銃器ドンパチ、剣と拳がビシバシ、SFXで爆発ドーン、だけが映画ではない。もちろんそういうのも好きだが。
ワンシチュエーションを映画でやる、それにはそれ独自の良さがあって、同じことをラジオや小説でやればまたそれはそれの良さがあるだろうが、映画とは違う。もちろん中には駄作もあるかもしれないが。